育児と育自と時々の美味しいもの☆


by shizuer
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カテゴリ:青春時代( 7 )

結婚

b0026385_23261629.jpg その後、お互い勤めた会社が近かった為か、二人で会う様になり、結婚して現在に至ります。世の中にはこんなに沢山の人が居るのに、その人一人に決めて結婚するのは、とっても神秘的というか不思議。どんなカップルも、それぞれに出会いがあり、それは様々です。時折なりたかったツアコンになっていたら、どうだっただろう?と思う事もあるけれど、人生の後悔は今の自分を否定する事だと思うし、今がとても幸せなのだから、自分が歩んで来た道は間違っていないと思います。私にとっては挫折も人生を左右する重要な出来事でした。
 幸せな生活を送っていても、マンネリ化してくると麻痺してきて、相手に対しての思いやりや大切にしようと思う気持ちがどうしても欠けてしまいがちです。私も最近そうなってた様に思います。
 青春時代を想い出し、改めて現在の生活を大切に、また幸せだと認識出来て良かったと思います。イギリス留学は、私にとっても主人にとっても、結婚相手を見つけて来たに過ぎない所が共通点です(笑) おしまい
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by shizuer | 2004-10-25 23:49 | 青春時代

再会

 イギリスから帰国後、私が通っていた短大は9月が試験だった為に勉強に追われ、気がつけば12月になっていました。もう一人、2歳年下のアイルランドの学校に通っていた女の子と知り合っていた私達は、その子が一時帰国するから是非会おうという事になり、あの日本人(主人)もイギリスで一緒に過ごした同士なんだから誘ってみようという事に。来っこないと思いきや、どういう訳か来たんですね~。
 こんな事がきっかけで、遠いロンドンのヴィクトリア・ステーションで会った私達は再会したのでした。たまたま住んでいた所が近かったという、それもまた偶然?それから、本当に時々みんなで会う様になりました。最初の印象はあんなに悪かったのに、話していくうちに、同世代の男の人と比べると、しっかりしているんだなぁと感じる様になりました。
 当時、みんな学生だった為に、お互いの友達を誘って遊んだり、スキーに行ったりする様になりました。みんなお年頃。その中で恋愛関係になる人同士ももちろん居ました。でもね~、私達はそのグループの中で、どうなる訳でもなく、みんなを紹介したまとめ役みたいな存在でした。
 
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by shizuer | 2004-10-25 21:30 | 青春時代

出会い

 「その水、どこで買ったんですか~?」私達がペットボトルを持って寮内を歩いていると、カンジ悪い日本人が話しかけてきました。それが、主人でした。「さっき廊下で挨拶した時は無視したクセにぃ。」後で聞くと、寝起きでボーっとしていて挨拶されたのも覚えていないとか。という感じで第一印象は私にとって、かなり悪いものでした。
 私達がイギリスに来た頃、一人だけ日本人が居ました。1~2歳上だと思われ”お兄ちゃん”っていう雰囲気だったので、私達の中だけでそう呼んでます。で、彼は日本では大学生で留学中でした。オックスフォードのどこぞのカレッジに合格して入学が決まっているとの事。それって、もの凄い事で、当然彼は英語ペラペラ、何ヶ月も日本語を話していないとかで、とってもヘンテコな日本語を話していました。数ヶ月話さないだけでこうなっちゃうの?帰国子女って帰国後が大変だと思いました。どうしてイギリスを選んだのかとか、外国人は何も知らない日本人をナンパするから気をつけた方がイイとか、飢えた時はビンの離乳食で乗り切った話などを聞きました。まるで親みたいでした。イギリスもやはり人種差別がかなりあるらしく、東洋人もターゲット。パブでは「三回回ってワンと言ったら売ってやる」などと言われた事もあると言っていました。女の子が留学するなら、色んな人種が居るカナダがイイと教えてくれました。もう自分には必要ないからと、離乳食もくれたりしたけれど、ちょっと有難迷惑?でした(笑)
 という訳で、一人で留学している人は、みんなお兄ちゃんみたいな人だという勝手なイメージだったので、水も買う所を知らないのかと全く不思議で呆れました。主人は初歩的なことから始まって色々な事を聞いてきました。話を聞くうちに英語レベルも何もかもが私達と同じなんだという事が解り、本当に困ってそうだったので、終いには可哀想とさえ思いました。彼とイギリスで過ごしたのは1週間もありませんでしたが、日本人同士という感情が芽生えました。夜一緒にパブで飲んだり、私達が帰る前の晩は朝まで話らいました。
 ロンドンへの行き方も分からずという事で、私達がスコットランドのエジンバラまで行くついでに一緒にロンドンまで行きました。「この人大丈夫かな~」と一抹の不安を残し、彼とはロンドンのヴィクトリア・ステーションで別れました。(またまた続く)

豚の角煮を作った時に取れたラードを使って主人が昨日のランチに作ってくれたチャーハンです。b0026385_1053831.jpg

チャーハンとインスタントの焼きそばだけが唯一作れる料理。

一生懸命作っている姿が、妙にカワイ?かった。
ゴチでした。
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by shizuer | 2004-10-24 11:10 | 青春時代

パブ

b0026385_10311874.jpg そもそもイギリス料理とは街ではどこで食べられるのか?お天気が良い日は公園で、市場やパン屋、スーパーマーケット等でサンドウィッチやフルーツを買ってランチをする人が多い(夏の場合)。外食するとしたら、イタリアンやファーストフードだった様な気がする。ちなみに日本食があるのは当時はロンドンのみ。
 イギリス人はパブで食事する人が多い。それぞれに行きつけのパブがあるらしかった。パブというと日本では居酒屋っぽく感じるし、確かにお酒が置いてあるけれど、ランチ時も開いているし、イギリスの夏は夜の9時くらいまで明るいということもあって、週末の夕方は子供を連れて食事に来ている家族も多く見られました。気の利いたお店の庭には、滑り台やブランコもありました。お酒を飲む所と言っても日本のそんな雰囲気ではなく、人々の憩いの場の様でした。メニューもイギリスビールはもちろん、フィッシュ&チップスなど様々なメニューがあって、もっと早くパブを知ってたら街のレストランでは食事をしなかっただろうと思います。それだけ居心地も良かったし楽しい所でした。 
 私は知人に面白いパブに連れていってもらいました。鱒料理が有名だというそこには、敷地内の川に鱒が泳いでいました。沢山のデリがショーケースに並んでいて、好みのものをオーダーする形式。色んな種類に目がくらんで、結局鱒を食べたか覚えていない所が間抜けだけれど、晴れた日にテラスで食べるランチは最高でした。
 今度イギリスに行く機会があるとしたら、パブ巡りをしたいです。

 私が日本で見つけた英国気分を味わえるパブはこちら
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by shizuer | 2004-10-23 11:10 | 青春時代

オックスフォード

 2回目のイギリスは、一年後の短大1年生の夏休み。意外に早く実現。高校はアルバイト禁止だった為、春休みから歯科で助手のアルバイトをして、そのアルバイト費用とそれまでの貯金(といっても、親が貯めておいてくれたお年玉など)全てをはたいて行く事に。足りない分は、その後、社会人になってから、両親に少しずつ返済。やっぱり世話になってますね。
 今度もまた大学の街、オックスフォードを選びました。同じく寮生活。高校の時に意気投合した親友と二人。当初、日本人は私達だけ。1回目は学校の集団で行った為に、全てにおいて至れりつくせり。でも、今回は。。。オックスフォードも町から少し離れると田舎。羊が放牧されていて見渡す限りの牧草地。街までは歩いたら一時間で行けるだろうか?休日はバスはナシ。一体、この寮からどう脱出すれば良いのか?ゴハンにもありつけない。不安に襲われ、いつもは強い友達は泣き出してしまいました。彼女は何度も留学経験があって英語も達者。その彼女が!私は英語力は無く彼女の足を引っ張るかもしれないけれど、イギリスに居る間は少しでも彼女の支えにならなければ、と心に強く決意したのでした。
 そんな生活にも直ぐに慣れ、午前中の授業が終わると毎日町に繰り出したり、授業をサボってロンドンに行って怒られたり。。。ドキドキ、新しい発見の毎日でした。若かったからパワーもあったんですね。 
 そこで知り合ったのは、現在の主人。(つづく)
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by shizuer | 2004-10-23 08:59 | 青春時代

イギリスへ

 昨日の続き。我が高校ではよくある語学研修っていうものがあって、希望者が夏休みに一ヶ月間寮生活を送るというもの。その行き先がイギリスのオックスフォードでした。私が行った時は高校3年生。語学力がほとんど無いのによく行ったものです。ウィークリーは午前中は学校で勉強、午後は街へ出ての勉強。(カレッジや教会等の見学)ウィークエンドは小旅行。シェイクスピアの生誕地であるストラットフォー・アポン・エイボン、浴場の根源になったバース、スコットランド、ロンドン。初めての海外、周りは全て英語。写真の現像を頼むにもハラハラ、ドキドキ。たどたどしい英語で注文が上手く出来ずにアイスクリーム屋の店員に白い目で見られたりと楽しい事ばかりではなかったけれど、見ること聞くこと体験すること全てに感動し、今度は自分の力でもう一度来よう、もっと英語を話せる様になろうと心に決めた事を覚えています。
 そんな体験をさせてくれた両親には感謝しています。
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by shizuer | 2004-10-22 11:50 | 青春時代

私とイギリス

 ん、昨日が台風で、家に閉じこもってた事もありネタ切れ?ということで、イギリスとの出会いについて今夜は語ります。な~んて。
 私が通ってたのは大学まであるエスカレーター式の女子高。現在は普通になったと聞きますが、私が通ってた時分は校則がもの凄く厳しかった。スカート丈は膝下10センチ、三つ編み、指定のソックス、寄り道不可(見つかったら反省文!)などなど。見るからにダッサイ!また、三科目(国語、数学、英語)のみならず、礼儀作法にも力を注いでいて、礼法の授業があり、音楽や書道、美術など、普通の高校では選択科目も全て必修だった為に、期末テストは十数科目もあったので、試験勉強は1ヶ月以上前からしないと試験まで間に合わなかった。今でも試験勉強をしないで前日にどうしようと焦っている夢を見て、うなされる時があるくらい。。。
 厳しかっただけに、短大に行った時は世間一般では普通の事なのに(学校帰りにショッピングをしたり、ゴハンを食べたり)、「こんな事してもイイの~」とか、嬉しいのと同時に不安にさえ思えました。(人は、その歳相応の生活をすべきだという学長の狙いらしかった。)
 校則がイヤだと言っても、それを知っていて入学した訳だから自分の責任。何だかんだ言っても、学校生活は楽しいものでした。現在の私が居るのも、イギリスに出会ったのも学校のお陰だと思っています。
 この続きは、また後日。
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by shizuer | 2004-10-21 21:40 | 青春時代